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写真+列車=映画

■展覧会名:写真+列車=映画 市川平 大洲大作 瀬尾俊三

■会期、休館日、時間:2017年11月16日〜12月3日  (毎週木、金、土、日 14:00-20:00)

 

■出展作家: 

市川平 「カサンドラクロス・ラストコンサート」
ミクストメディア/2017 ほか数点

大洲大作 「Interurban」
ミクストメディア/2017 ほか数点

瀬尾俊三 「フィルム・ディスプレイ」 
16ミリ/5分/1979(上映はデジタル版です)

■観覧料:無料

■関連イベント:

※11/18 (土曜日) 16:30〜18:00トークセッション

「ハーイ、コンニチワ!高橋龍太郎です!~草間彌生から始まるコレクション~」

高橋龍太郎 (精神科医 /現代美術コレクター)

羽田美恵子(@カマタ)澤隆志(本展キュレーター)

料金:1,000円

※12/2 (土曜日) 15:00〜17:00 アーティストトーク「作家+列車=映画」 

市川平 大洲大作 澤隆志

料金:1,000円

 

 

■主催:@カマタ http://www.atkamata.jp/
■協力:シナノ産業株式会社 イメージフォーラム BoCo株式会社
※本展は第7回おおたオープンファクトリー連携企画です。
http://www.o-2.jp/mono/oof/

 
■作家略歴

市川平(いちかわ・たいら)
1965年東京都生まれ。特殊照明作家。1991年武蔵野美術大学大学院修了。主な個展に「TOKYO UNIT LIFE」(スパイラルガーデン、1993年)、「真空の香り」(西村画廊、1996年)「バオバブ・プランテーション」(キリンプラザ大阪、2000年)など。主なグループ展に「知覚の扉」(豊田市美術館、2010年)、「鉄道美術館」(岡本太郎美術館、 2016年)、「ラブラブショー2」(青森県立美術館、2017年)などがある。
www.taira-ichikawa.com/

大洲 大作(おおず・だいさく)
1973年大阪府生まれ。美術家。1997年龍谷大学文学部哲学科卒業。主な個展に 「PANORAMIC WINDOW/光のシークエンス」(サイギャラリー、2013年)、「Afterglow」 (POETIC SCAPE、2016年)「大洲大作・写真の仕事 ̶ 石の街」(宇都宮美術館サ テライト、2017年)など。主なグループ展に「始発電車を待ちながら」(東京ステ ーションギャラリー、2012-2013年)、「さいたまトリエンナーレ2016」(2016年)、 「ラブラブショー2」(青森県立美術館、2017年)などがある。
www.oozu.info 

瀬尾俊三(せお・しゅんぞう)

1947年香川県生まれ。映像作家。70年代に16mmフィルムによる実験映画を制作。構 造主義的アプローチのなかにも乾いたユーモアが見いだせる。主な作品に『セル フ・ポートレート』『ゼロックス・フィルム』など。主な映画祭に「Closeup of Japan」 (アトランタ芸術大学、1994年)、「日本実験映画40年史」(キリンプラザ大阪ほ か、1994年)、「イメージフォーラム・フェスティバル2011」パークタワーホール ほか、2011年)「Between the Frames」(ボサール、2016年)



 

 

「写真+列車=映画」

京浜急行沿線のカマタ_ソーコで列車をモティーフにした3名の作家の映像展を行 う。特殊照明作家を自称する市川平は光源と影でできた彫刻的空間表現を行い、美 術家の大洲大作は列車の窓をスクリーン化して「車窓」をメディアとも物質とも捉 えられるものとする。光とスクリーンの間にはフィルムが必要だ。寡作だが重要な 作品を残している瀬尾俊三の「フィルム・ディスプレイ」を迎え入れ、幻の実験映 画作家の色褪せないテクニックとユーモアを現代の作家と対峙させる。展覧会タイトルは港千尋著「映像論」の一説より。  (企画:澤隆志)
 
 

​撮影:大洲大作

瀬尾俊三を探して

 

「劇作家ストリンドベリが本格的に写真を撮っていたことは、あまり知られていない。(中略)ストリンドベリは旅行中、走る列車の窓から風景写真を撮っていたらしい。リュミエール兄弟の最初のフィルムを予見するような話ではないか。写真+列車=映画というイメージの図式を無意識のうちに行っていたストリンドベリは、その意味で1880年代の映像感覚を身に付けていたと言えるだろう。」(港千尋「映像論」) 「列車の到着」(1895)から120年あまり。リュミエール兄弟によるシネマトグラフで誕生した映画は最初から記録であり、娯楽であり、また表現でもあった。そして、劇場のトリッキーな出し物であった映画は、百貨店や鉄道と同時代に大量の人々と時間と空間を共有する装置「映画館」を生み出した。映画館、百貨店、鉄道。19世紀に完成した都市のインフラは産業社会の3つの顔となった。 日本にもかなり早いうちからシネマトグラフの撮影、上映の記録がある。そして表現者も現れた。小型映画、前衛映画の殆どは戦争で散逸したが、戦後、シュルレアリストの映画、米アンダーグラウンド映画との出会いからアーティスティックなフィルムの作家が一定の潮流を形成する。美大の映像学科の教授陣は、60年代に西欧の実験映画に打たれ活動を開始した若者だった訳である。現代美術コレクターの高橋龍太郎氏もそんな時代に映像作家を目指す一人だったそうだ。 瀬尾俊三の活動期は主に70年代。当時から謎の多い作家であったそうだが、映画よりもバイクや車などの動くメカに興味があったそうだ。そういう人間の作った映画が「FILM DISPLAY」。日本の実験映画は、60年代の海外作品との遭遇、カウンターカルチャーの空気から一旦離れた豊かなガラパゴス期間にあった。超絶技巧と構造主義的アプローチ、そしてクスッとくるユーモア。奥山順市「Le Cinema」田名網敬一「Why」古川タク「驚き盤」居田伊佐雄「オランダ人の写真」かわなかのぶひろ「スイッチバック」などなど… 。映画を映画で考える映画、の快楽。 さてメカマニア瀬尾が「FILM DISPLAY」で何をしたのか。3段落ちの1と2は実写撮影した長い映画フィルムの(ちなみに16mmフィルムの1秒は24コマ)一片を画面いっぱいに並べてそれを1コマづつずらしてコマ撮り。すると一連の動きが画面いっぱいに模様のように展開する仕掛け。3でその関係性を逆転させ、図のとおりに並ぶような位置に列車のコマを仕込んでおいて、本来縦移動するフィルムを横向きに立体交差する列車の動きを与える!"分解写真としての映画”を1シーンで鮮やかに示してしまうのだった。 「写真+列車=映画」という展覧会を通じ、市川平、大洲大作という現代美術家の作品と同じ空間で、同じ列車モティーフの美術作品として、インスタレーションの体裁で展示ができた。自由で軽やかな実験映画を映画館という装置(制度)から解放してみる機会を得て、1979年の作品が未だ鮮度を持って受け取っていただけたように感じた。

 

澤隆志